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仙台高等裁判所 平成9年(ツ)2号 判決 1997年3月31日

上告人

株式会社日光商事

右代表者代表取締役

鈴木昭作

右訴訟代理人弁護士

谷正之

角谷雄志

被上告人

丹治豊昌

丹治利美

主文

一  本件上告を棄却する。

二  上告費用は上告人の負担とする。

理由

一  上告代理人の上告理由について

所論の点に関する原審の判断は、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。

所論に鑑み、当裁判所の判断をいま少し詳しく説明しておく。

登記義務者が登記権利者と共に司法書士に登記手続を委任した場合において、登記義務者が単独で委任契約を解除することができる特段の事情がある場合(最高裁昭和五一年(オ)第一〇二号同五三年七月一〇日第一小法廷判決・民集三二巻五号八六八頁参照)とは、所論の登記権利者の同意又はこれと同視できる事情がある場合に限られるものではなく、当該委任契約の基になった登記原因たる契約の成否ないし効力に関して契約当事者間に争いがあって、登記を妨げる事由があるとの登記義務者の主張に合理性が認められ、かつ司法書士としても登記義務者の主張に合理性があると判断するのに困難はないと認められるような事情がある場合も含まれると解される。このような事情がある場合には、むしろ登記権利者の勝訴の判決をまってはじめて登記を許すのが公平の観点からいって相当であり、こうした場合にまで登記義務者による委任契約の解除を否定し、登記自体はいったん許容すべきものとして登記権利者の利益の保護を貫くのはかえって公平を欠くと考えられるからである。前記の最高裁判決が、特段の事情について所論にいうほど限定的な趣旨で判示したものとは考え難い(この判決は、正常な取引を前提として、登記義務者の一方的な行動を規制することにより善良な登記権利者を保護する趣旨のもとになされたものであることを忘れてはならない。また、同意又はこれと同視できる事情があるなら、登記義務者のみによる解除が許されるのはむしろ当然のことといえるのであって、あえて特段の事情というに及ばない。)。

これを本件についてみるに、原審が適法に認定した事実によれば、被上告人らは、事前にも、本件根抵当権設定契約書に署名した際にも、本件根抵当権設定の意味やその内容について十分な説明を聞かされておらず、債務者である貝沼宣行はこれまで被上告人らとは一面識もない人物である(のみならず、同人は本件根抵当権設定契約締結の際に被上告人ら宅の前まで来ていながら、被上告人らと会うことをことさらに避けているふしがある。)うえ、法務局の受付時刻に間に合わせるため売買契約書のほかに多数の関係書類に署名を急がされたというのであって、原判決も指摘するように、本件根抵当権設定契約は、被上告人らの無理解に乗じてなされた可能性を否定することができず、被上告人らが意味内容を理解して締結したものかどうか自体が強く疑われる事情があると認められ、さらに、本件根抵当権設定契約書に署名した後も被上告人らは契約内容に疑問を持ち、その日のうちに司法書士に電話で連絡を取ろうと試み、翌日には弁護士に相談して事の次第を知り、弁護士を通じて直ちに加藤司法書士に登記関係書類の返還を求め、同司法書士も「事件性があるので登記手続は進めない」と約束していたというのであって、こうした契約前後の事情に照らすと、本件には取引の正常な流れの中で司法書士に登記手続を委任した場合と異なる事情があることは明らかであるし、司法書士としても被上告人らの言い分の合理性を肯定するのに困難はなかったこともその言辞からして明らかといってよい。本件においては、被上告人らによる委任契約の解除を是認すべき特段の事情があると認めるのが相当である。原審の判断も、そのいわんとするところは以上に説示したところと同じ趣旨と解される。論旨は、独自の見解に基づき原判決を論難するにすぎず、採用することができない。

二  よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 上谷清 裁判官 阿部則之 裁判官 杉山正己)

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